私の子が学校に行かなくなったときに、ある人から、私の子が学校に行けなくなったのは、私の育て方が悪かったからだと言われました。ダメな母がダメな育て方をしたから、ダメな子が育っちゃったのだと。
それからしばらく、私の子が学校に行けなくなったのは、私の育て方が悪かったからだと、思っていました。何とかして学校に行ける子にしなくちゃと思ってました。
ところがです。
うちの子が1年間の保健室登校を経て張り切って入学した中学で、また学校に行けなくなったとき、うちの子のために学校カウンセラーさんに申し込んだのですが。子どもがどうしても行けないというので、私が代わりにカウンセリングを受けました。
その時、そのカウンセラーの先生に言われたのが「とてもユニークなお子さんですね。育てた人に一度会ってみたかった」という言葉でした。
それまで実は私は知らなかったのですが。うちの子が小学校で保健室登校をしていた時期、自習などの場所としてよく使っていたのがカウンセリングに使う部屋で、他にカウンセリングを受ける人がいない時など、うちの子はそのカウンセラーさんとよく話をしていたらしいのです。
同じ先生が、中学でもカウンセリングを受け持っていました。
息子が保健室登校していた1年間私はカウンセリングに申し込んでいなかったので、私はそのカウンセラーさんとは初対面でした。
カウンセラーさんの話では、うちの子は他の子より、でこぼこが大きいということでした。学校に行けなくなってしまったというのは、うちの子の凹の部分が関係している(決して育て方の問題ではない)。でも、この子は凸のとても良いところを持ったユニークな子だ。凹の所ばかりこだわらないで、凸の所を伸ばしていってあげるべきだ。そうすると、凹の部分も引っ張られるように伸びていくはずだと。
今はあせらなくて良い。学校に通えるようになることにこだわらなくて良い。この子が、凸の部分を伸ばせる環境を整えていくべきだと。
そう、世の中にはいろいろな子がいる。勉強が得意な子苦手な子、運動が得意な子苦手な子、うちの子みたいに学校が得意じゃない子もいる。
必ずしも学校が合わない子=ダメな子ではない。それを個性だと捉えて、そういう子に合った環境を探せば良いのだと。
子どもがまともに学校に行けなくなって2年半の頃でした。
こだわっていなかったようで実はこだわっていた「学校に行かせなければならない」の呪縛から私は、ようやく解放されました。
まずは家庭環境を整えること。家庭をその子の居やすい場所にすること。
それから、その子に合った学習の場を探すこと。
我が家では、ずっと子どもと一緒という環境に「私が」耐えられなかったので、お金がかかっても外に出すことにしましたが。環境さえ整えば家庭が学習の場でも良いと思います。
大切なのは、子どもが自律できる大人に成長すること。
「学校に行けない」ということは、確かに、子どもには、他の子と比べてしまうと欠けている所があるのかもしれません。でも、親がそれを「直そう」とする姿勢でいたら、子どもはいつまでたっても自分を否定されてしまっていることになります。
うちの子は、その後、フリースクールに通い、並行して不登校適応教室にも通い、高校は不登校の子を受け入れてくれる高校と通信制高校に通いました。本当に「よく頑張りました」だけれど。
もし、紆余曲折を得て学校に行けなくても。学校に行けないことも含めて、その子の個性なのだと。まずは親がその子を認めることが大事なのではないかと、今は私は思っています。

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