子どもを変えようとしない事

「子どもを変えようとしない事」

これは子どもが不登校になって、私が師と仰ぐ方から何度も何度も言われました。

親っていうのは、本当に親バカで。子どもがとにかく、一生懸命、頑張っている姿を見たいわけですよ。頑張っていい結果が出れば、さらに嬉しいわけです。

勉強も読書もスポーツも習い事も何もせずに、散らかった部屋で朝も起きてこないで、1日ぐてぐてだらだらして、夜になるとネットとゲーム。どう見ても無為に思えるような、そんな日々を子どもが過ごしている姿なんて、見たくない。

せめて唯一熱中しているネットやゲームのエネルギーのその一部でも、自分の能力向上、資質向上、将来役にたつかもしれない何かの為に使って欲しいと。どうしても思ってしまうわけです。

特に、小さい頃仲の良かった○○君が活躍している事とかを伝え聞いたら、どうしてうちの子は……と思ってしまいます。

そこでやっぱり、変わってほしいと思ってしまうんですよね。
きちんとした子になってほしい。いろんな事を頑張る子になってほしい。

でも、親が子どもを変えようと思っても、変える事は難しいのです。子どもに見抜かれてしまいます。子どもは、親からの変わってほしいという圧力には、殻を閉じてしまいます。

親は子どもの為に言っているつもりだけれど、やっぱりどうしても上から目線になってしまうアドバイスは、子どもの心にはなかなか届きません。

特に9才の壁も12才の壁も過ぎてしまった思春期の子どもには、反発されるしかありません。

じゃ、親はどうしたらいいのかって。
どうする事もできないのです。(ここが、本当歯がゆいのですが)
親にできるとしたら、肯定はしないけれど、否定もしない態度。
アドバイスするとしたら、共感を伴う自分の実体験。それも急に子どもを変えようとは思わないで、少し参考に聞いてもらえればもらえれば、みたいな気持ちで。

実のところ、親がどう思おうと、本人が自分が変わりたいと思うことができて、それからでないと変われないのです。逆に本人が変わろうと思えば、まわりが「えっ」って思うくらいにすんなりと、変わることができたりします。

子どもが自分自身で「変わりたい」と思えるまでの道のりが、親にとっては、とてもとても長くて厳しい道なのですが。

親の字と同じように、木の上にじっと立って見守る。待つしかないのでしょう。

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